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トレーニング他

練習理論『アフォーダンス』を徹底解説。環境を工夫して理想の動作を誘導しよう



目次
アフォーダンスとは?
スポーツとアフォーダンス
アフォーダンス練習で打球角度アップ
アフォーダンスブーム到来か!?
野球×アフォーダンスの未来

近年、スポーツにおける新しいトレーニング用語として、アフォーダンスという言葉を聞くようになってきた。野球界ではまだまだ知名度は低いものの、アメリカ有名野球ジム「ドライブライン・ベースボール」がドリルで紹介するなど、アフォーダンスが少しずつ広まりつつあるようだ。

果たしてアフォーダンスとは何か?それを知ることでどうトレーニングが変わるか?本記事ではアフォーダンスの成り立ちから紹介していく。

アフォーダンスとは?

アフォーダンス理論は、アメリカの心理学者ギブソンが提唱した概念で、主に認知心理学で研究されている[1]。アフォーダンスは、「与える・提供する」という意味の「アフォード(afford)」という言葉から名付けられた造語で、「物の形や材質が、私たちの反応をダイレクトに引き起こしている」という考え方だ。例として、図1のドアの画像を見てもらいたい。説明されなくても持ち手の構造からドアを引くのか押すのか察することができる。

図1 アフォーダンスの例

ドアの例をはじめとして、栓を開けるのか閉じるのか、亀の敵キャラは踏めるのにハリネズミの敵キャラは踏めないのか…アフォーダンスがあることで、具体的な指示がなくてもなんとなく適切な行動を取ることができる

では、アフォーダンス理論はスポーツにおいてどのように活かされているのか、スポーツとアフォーダンスの関わりをみていく。

スポーツとアフォーダンス

アフォーダンスは、特にサッカーの分野で研究され実践に移されている。アフォーダンスを活用することで、複雑な運動連鎖や即興的なコンビネーションといった、具体的に指示しづらい行為を効率的に習得できると期待されている。実際に、イングランドサッカー協会は2017年から練習ガイドラインにアフォーダンス関連の記述を追加し、国家単位で競技力を向上させようと画策している。

野球におけるアフォーダンスを用いた練習としては、スイング速度向上を目的としたメディシンボール投げ[2,3]があげられる。体積や重量が極端に大きいボールを投げるなかで、下半身が自然と鍛えられスイング速度があがると考えられている(詳細なメカニズムはリンクを参照)。このように、練習におけるルールや道具に制約を設けることで、求める動きを自然と習得できるようなアプローチが可能となる。
参考:スイング速度を高めるためのエクササイズとは?

では、アフォーダンスを利用することで、野球動作は効率的に習得することができるのだろうか。これについて検討した研究を2つ紹介する

アフォーダンス練習で打球角度アップ

2018年に行われたグレイの研究では、練習にアフォーダンスを取り入れることで、効率的に打球角度があがることを示した[4](図2)。グレイはアフォーダンスを用いた練習法として「柵越え」を用いた。45m先に柵を設置し、その柵を越えるように打撃練習を行う。柵越えに成功した場合は柵を遠ざけ、失敗した場合は柵を近づける。柵を越える経験を通して、自然にスイング動作を身につけるというアプローチだ。

図2 Gray(2018)の研究の概略

「柵越え」練習をした実験参加者は他の練習法(具体的な現象や行為を指導)をした実験参加者に比べて、練習後のホームラン数や外野フライ率が高まることが示された。この結果は、アフォーダンスを用いた練習が従来の具体的な指示をする練習より効率的な可能性を示している。

さらに、グレイは2020年の研究でもアフォーダンスの有用性を示している。この研究では、後ろ腕と脇腹でボールを挟みながらスイングするといったトレーニングをすることで、逆方向への打撃が向上することが示唆された[5]。アフォーダンスによって運動の協調性が効率よく学習されるため、従来の練習法に比べて優れた練習法であると、グレイは考察を行っている(注)。

注 グレイの研究は、ディスプレイに表示されたボールを打つという野球シミュレータで行わているため、実際の野球技能が向上しているかについて議論の余地がある。

アフォーダンスブーム到来か!?

最後に、今後アフォーダンスのブームが来る可能性について紹介する。

著名な野球ジムであるドライブラインでは、constraint(制約)を用いた練習ドリルをホームページに掲載している。実際、メジャーにおける最先端の科学的トレーニングを紹介する書籍「The MVP Machine(邦訳:アメリカンベースボール革命)」では、アフォーダンスを意識していると思われる練習が多く登場する[6]。

例えば、トレバー・バウアー(ドジャース)は900グラムのボールをグラブ側の手に持って投球練習を行っていた。グラブ側の腕が減速することで、体の回転効率を高めることが目的の練習だそうだ。道具で制約を設けることで、「習得したい運動を誘導する」という点でアフォーダンスを用いている。

このように、アフォーダンスはまったく新しい練習法ではなく、練習法を分類するための概念といえるだろう。技術を直接的に指導するのか、それともアフォーダンスを利用して技術が再現されるような練習環境を整えるのか。この区別を指導者が自覚することが重要になっていくと考えられる。

さらに、「選手に直接介入するのではなく、選手が自身のペースで技能を習得するのを待つ」という点でアフォーダンスは新しい指導方針としても注目を浴びていくことが予想される。選手の自主性を重んじる指導と相性がいいため、育成年代においてもアフォーダンスを用いた練習の需要が増すことが予想される。

野球×アフォーダンスの未来

本記事ではアフォーダンスという概念を紹介し、野球とどのような関わりがあるかについて紹介した。理想の動作を自然と引き出すような練習環境を整備することで、選手が自然技術を習得できるという点がアフォーダンスの魅力である。

科学の発展に伴い、日々新しいトレーニング手法やトレーニング道具が開発されている。指導者やプレーヤーは、情報の洪水のなかでより適切な手法を選択する必要がある。トレーニングの背景にあるアフォーダンスに目を向けることは、情報の取捨選択をするうえで重要になっていくといえよう。

【参考文献】
[1]Norman, D. A. (1990). 誰のためのデザイン?. 認知心理学者のデザイン原論.
[2]Szymanski, D.J., C. DeRenne, and F.J. Spaniol (2009): Contributing factors for increased bat swing velocity. J Strength Cond Res, 23(4), 1338-52.
[3]勝亦陽一, 森下義隆 (2017): 高校野球選手における打球スピード向上を目的としたトレーニングの効果~PDCAサイクルに基づいた実践報告~. スポーツパフォーマンス研究, 9, 369-385.
[4]Gray, R. (2018). Comparing cueing and constraints interventions for increasing launch angle in baseball batting. Sport, Exercise, and Performance Psychology, 7(3), 318..
[5]Gray, R. (2020). Comparing the constraints led approach, differential learning and prescriptive instruction for training opposite-field hitting in baseball. Psychology of Sport and Exercise, 51, 101797
[6]Lindbergh, B., & Sawchik, T. (2019). The MVP machine: How baseball's new nonconformists are using data to build better players. Basic Books.

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Baseball Geeks編集部