トレーニング他

長いイニングを投げると乳酸は溜まる?投手の運動特性から考えるエネルギー代謝

スポーツ科学の進化とともに、野球に関わる方が様々な情報に触れる機会も増えている。多種多様な情報が混在する中で、選択・実施を決定するには何が必要だろうか?
今回は、「野球とはどんなスポーツなのか?」について、基礎から考えてみたい。

そもそも、練習やトレーニングについて「良い/悪い」などはない。「何のためにやるのか?」という「意図と目的」を常に気にかけて欲しい
その為には、練習方法やトレーニング種目の選択ではなく、その練習やトレーニングが「何を高めるのか?」について理解することが役に立つ。そして、その基本として「そもそも野球にはどのような運動の特徴があるのか?」を知ることが鍵となる。
野球を理解するためにはいろいろな切り口があるが、今回は投手のエネルギー代謝について考えてみよう。

試合中の投手の心拍数ってどのくらい?

投手とはどのような運動の特性なのだろうか?現実には、試合中のプロ野球選手からデータを取ることは困難なので、実践試合を模擬した条件で実験を行い、データを収集している1)。
まず、図1の投手の心拍数の変動をみると、マウンドでは130~140拍/分であることがわかる。一方、ベンチでは、90~100前後に低下している。実際に試合では、緊張やフィールディングも加わるため、心拍数がもう少し高くなると予想される。

図1 イニング間における投手の心拍数の変動。1~5回までの続投、イニング間はベンチで6分間の安静休憩

この図から、下記のような特徴がわかる。
・心拍数はマウンドで上がり(140拍/分)、ベンチで落ち着く(90拍/分)の繰り返し
・イニングを経過するごとに、心拍数が増加していくわけではない

さて、もしこの投手がトレーニングとして1500m走を行い疲労困憊まで運動したら、心拍数は最大まで上がり、190拍/分を超えることもある。その最大心拍数から逆算すると、マウンドでの心拍数(140拍/分ほど)はおよそ60~70%程度といえる。心拍数からみると、投球動作は60%ほどの運動負荷であることがわかる。

試合中の投手の乳酸値ってどのくらい?

次に、投手の燃費について考えてみよう。投手は一体どのようにガソリンを使っているのだろうか。
図2の各イニングにおける投手の血中乳酸濃度の変動を見てほしい。

図2 イニング間における投手の血中乳酸濃度の変動

図2からは、下記のような特徴がみえる。

・乳酸濃度は1回~5回までなだらかな横ばい
・その値は2.0~4.0mM(ミリモル)で推移

乳酸は悪名高き疲労物質として、みなさんの耳にも届いているだろう。乳酸の値を疲労度と言っても良いのかも知れない。だが、もし疲労度を示すというなら、投手は1回から疲労していて、しかし5回を終えた時点で疲労はあまり蓄積していないことになり、的を射ない。
では、この乳酸濃度から何がわかるのだろうか?それは、「投手の燃費効率」である。

投球とはどんな運動なのか?

まず、投球は全力運動である。しかし、球そのものは軽く、投球(出力)は瞬時で、ラグビーのスクラムのように、大きな力を継続的に発揮するものではない。加えて、投動作自体はおよそ自分で始め、自分で終えることが可能である。
図2の実験は典型的な先発投手のモデルとして5回70球を試しているが、乳酸の値は2~4mMであった。
他のスポーツをみると、走力が重要な球技であるサッカーでは6~8mM、ラグビーではフォワード選手の最高値は約10mMにもなると報告されている。さらに、タイムを競う陸上競技や水泳、スピードスケートやボートなどの種目では、ゴール時に10~15mMを越えることもある。
一方で、投手の乳酸値が2~4mMという事実は、野球の面白さを示している。その面白さとはどのような点なのか?

エネルギー代謝からわかる投球動作の運動強度

図3は運動強度と血中乳酸濃度の関係を示したものである。運動強度が上がると乳酸も増加するのだが、その関係は直線的ではなく、ある点から急激な増加を示している。

図3 運動強度と血中乳酸濃度の関係。運動強度を上げていくと、血中乳酸濃度も増加する。その関係は直線ではなく、2~4mMを境に急激な増加を示す

この運動強度をスポーツ科学では、無酸素性作業閾値(LT)や乳酸蓄積閾値(OBLA)というが、選手にとっておよそ60%の運動強度であり、乳酸が2~4mMとなることが知られている2)。
図2から登板時の投手の乳酸値はおよそ2~4mMであり、加えて投球時の心拍数を示した図1を振り返ると、そこでも鍵となる強度は60%であった。つまり投手の特性とは、呼吸循環からも、体内のエネルギー代謝からも60%近辺の能力が非常に重要であるといえる。
マウンド上の投手は、全力投球を反復・継続しており、それは乳酸が増加し始めるギリギリの強度である。この強度において、制球や球速などをより高いパフォーマンスで発揮できる投手こそ、燃費効率の良い投手といえる。

選手によって負荷設定は違う!

本稿は、これまで行われてきた練習メニューを否定するものではなく、選手にとって60%の運動負荷をどのように考え、活かすかに注目したい。例えば、走り込みのような持久走であっても、心拍数の測定や目標タイムなどを設定すれば、基礎体力の向上に極めて有効である。

問題は、選手は個々に体力レベルや特性が異なるので、トレーニングメニューについても考慮が必要な点だ。
筋力トレーニングの際に、A選手は最大100kgを挙げ、B選手は80kgを挙げるとすれば、2人にとっての60%はもちろん異なる。筋力トレーニングでは何kgの負荷を使って、何回・何セットを反復するのかによって、その効果も変わる。
よって、トレーニングの目的を明確にし、それを強化するためには、まず選手個々の現状と課題を把握しなければならない。これはいわゆる筋トレだけに限らず、グラウンドを使って走るようなメニュー、持久力や基礎体力トレーニングなどについても同様である。

選手の100%のレベルを上げるためには

選手個々が発揮する能力を高めるためには、まず60~70%強度を利用した基礎作りを推薦したい。そして、よりパフォーマンスの向上を目指す際には、選手の100%のレベルを上げることが非常に重要である。
100点の60%は60点だが、120点の60%は72点であり、この2選手が投手としてマウンド上で全力投球した際には、当然ながら自力の差(12点)が生まれる。選手の上限(100%)を押し上げるには、強度が重要であり、近年では特に高強度運動を短い休息を挟んで繰り返すインターバルトレーニングが注目されている3)。

野球という競技種目は60~70%ほどの負荷であり、実際の野球の試合において、レース後のマラソン選手のように疲労困憊に至る場面はほぼない。しかし、選手の能力の上限を押し上げるためには、高強度・高負荷のトレーニングが必要である。上限を上げることに伴って、60%強度におけるパフォーマンスの向上が期待できる(図4)。
参考:走り込みで投手のスタミナは鍛えられない!スポーツ科学から見た真の効果とは?

図4 体力トレーニングの意図。体力の土台作りには、60~70%強度のトレーニングを活用する。
野球の特性上、重要な高出力(パワー)とその維持(持久力)の獲得には、高強度のトレーニングを活用する

科学的知見を活かしたトレーニングを

野球に関する研究の多くは、動作に関係するバイオメカ二クス的なものと、戦術・配球などに関係するデータ統計学的なものである。しかし、野球を行なう主人公は選手であり、全てのプレーを支える基礎は選手の体力(身体能力・フィジカル)である。
指導者のみなさんが、スポーツ科学を加味したトレーニングを活用し、選手の能力を高めることが、より楽しい野球につながると願っている。

参考文献
1. Potteiger JA et al., Effects of varying recovery periods on muscle enzymes, soreness, and performance in baseball pitchers. J Athl Train. 27, 27-31, 1992.
2. Spriet LL et al., An enzymatic approach to lactate production in human skeletal muscle during exercise. Med Sci Sports Exerc. 32(4): 756-763, 2000.
3. Gunnarsson TP et al., Effect of additional speed endurance training on performance and muscle adaptations. Med Sci Sports Exerc. 44(10):1942-1948, 2012.
参考書籍
中垣征一郎, 野球における体力トレーニングの基礎理論, ベースボール・マガジン社, 2018.
平野裕一, 科学する野球 -ピッチング&フィールディング, ベースボール・マガジン社, 2016.
八田秀雄, 乳酸と運動生理・生化学 エネルギー代謝の仕組み, 市村出版, 2010.

榎木 泰介(えのき たいすけ)

大阪教育大学教育学部 健康安全科学講座 准教授。専門は運動生理・生化学、エネルギー代謝。東京大学大学院、国立スポーツ科学センター(JISS)研究員を経て、2008年から現職。
日本トレーニング指導者協会で基礎科目(運動生理学)の講師を担当。研究テーマは運動・トレーニングによる骨格筋の適応変化。特に乳酸に注目し、スポーツ現場での活用や体内での特性について研究を行っている。