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マリナーズ菊池雄星の新球種の創り方!感覚とデータが融合する最先端の「ピッチデザイン」とは

シアトルへ渡米する数日前、菊池雄星投手は近い将来野球界の新常識になるであろう最先端の取り組みを行った
球質データを計測すると同時に、リリースの映像をハイスピードカメラで撮影。菊池投手は毎球のように感覚を伝え、実際の球質やリリースとのすり合わせを行った。

『ピッチデザイン』
投手は感覚を研ぎ澄まし、投球する度にその感覚を言語化する。アナリストは投球されたボールを数値化し、感覚にデータを乗せていく。研究者は、バイオメカニクスの知見を基に、その投手に適したフォームやボールの握り方の指針を示す。
これらを繰り返すことで、投手は新しい感覚を開拓し、球質をチューニングしていく。投球を設計していく作業、それがピッチデザインである。

今回は菊池投手が、研究員やアナリストとピッチデザインを作り上げる取り組みと、新球種開発の様子を紹介したい。

「立ち戻れる場所」となったデータの活用

菊池投手は2018年シーズンより、ネクストベース社とパーソナルアナリスト契約を結んだ。スポーツ医科学を活用したパフォーマンス向上の支援が目的である。その取り組みにはトラックキングデータの分析支援も含まれる。

トラックマンとは、投球したボールの回転や変化を定量的に計測できる機器で、NPBでもすでに11球団が導入している。すでにリーグトップクラスの成績を残していた菊池投手であったが、さらにハイレベルな投球を目指して「データ」にヒントを求めた。
参考:「トラックマン」とは?最先端の計測機器で取れるデータを紹介!!
迎えた2018年シーズンは、肩のコンディション不良もあり1年間満足のいく投球ができたシーズンではなかった。しかし、イメージするボールが投球できなかったり、フォームに迷った時期には「立ち戻れる場所」としてデータを活用し、リーグ優勝に大きく貢献した。

目的は「落ちるボール」の感覚を掴むこと

今回の計測では明確な目的があった。「落ちるボール」の感覚を掴むこと。打者のレベルが上がるメジャーリーグでは、速球・スライダーに続く武器が不可欠と菊池投手は感じていた

実は2018年シーズンも、チェンジアップを投球していた。しかし決め球となるまでには至らず、投球割合が極端に少ない試合も多かった。
理由の一つとして、球速が速球比86%程度と遅かったことが挙げられる(メジャーでのチェンジアップの平均値は速球比91%)。低速なチェンジアップではピッチトンネル(詳しくは後述)を構成しにくく、きわどいコースも見極められてしまう。「見逃しストライクを狙う程度だった」と語るように、武器になる球種とまでは至らなかった。

しかし、メジャーリーグでは速球の平均球速が高まり、速球だけで打者を圧倒するのは難しい。そのため、ピッチトンネルを構成するような新しい「落ちるボール」の取得を課題としたのであった。

計測データをもとに「握り」についてディスカッションする風景

メジャーで流行!ピッチトンネルの概念とは!?

ここまで何度か登場した「ピッチトンネル」という言葉であるが、一度この概念を整理したい。近年メジャーで急速に広がりをみせている概念である。

ピッチトンネルとは、打者が打撃を開始する時刻に設定されたリングのようなもので、一般的にはホームベースの手前7m前後に位置している。
投手は複数の球種を投球するが、すべての球種がトンネルを通った場合、打者は球種を判断することが難しくその後の軌道を予測することも困難となる(図1)。

図1 ピッチトンネルのイメージ。複数の球種がトンネルを通った場合、打者は球種を判断することが非常に困難

菊池投手はこれまでもピッチトンネルを意識して投球していた。年々スライダーを高速化させたのもピッチトンネルを構成しやすくするためであった。一方で、これまでのチェンジアップは低速であったため、一度上に大きく膨らむような軌道となり他の球種と軌道が大きく異なってしまっていた。

「抜いて落とす」から「掛けて落とす」へのモデルチェンジ

先述したように、これまで投球していたチェンジアップはピッチトンネルを構成しにくいボールであった。
菊池投手は「抜くようなイメージ」でリリースしていたため、回転速度は抑えられるものの、高速な球種とするのは容易でなかった。

そこで、球質データとリリースの映像を撮影し、実際の球質やリリースと感覚とのすり合わせを行った。以下が実際の映像である。まずこれまで投球していたチェンジアップを見てほしい(動画1)。

動画1

一度浮いてから沈んでいくような軌道となっている。
菊池投手はどの球種においても球速と回転数が比例しやすいタイプで、回転を抑えつつ球速を高めることは感覚としてマッチしなかった。
そのため、「抜いて落とす」ボールから「掛けて落とす」ボールへのモデルチェンジを図ることとした。

様々な握り・様々なリリースを試し、辿り着いたボールはこのような変化球であった(動画2)。

動画2

握りはスプリットである。これまでのチェンジアップとは異なり速度を保ちつつ沈むボールとなった

これまでの「抜いて落とす」ボールと新しい「掛けて落とす」ボールのメカニズムは全く異なる。
抜いて落とすボールとは、速球同様バックスピンで回転するが、速球よりも回転を減らすことで獲得する揚力を減らすボールである。すると、結果的に速球よりも沈む(伸びない)こととなる。

一方で、掛けて落とすボールとは文字通り指先で回転を与えるボールである。回転を与えて落とすには一つの条件がある。それは回転軸の方向である、ジャイロ回転気味に回転を掛ける必要がある。回転軸が進行方向と平行ないわゆるジャイロ回転のボールは、回転数が増えても揚力は大きくならない。つまり回転軸がジャイロ回転気味になるほどボールは沈む(伸びない)こととなるのである。
参考:「ノビのあるボール」の正体とは?トラックマンデータで解明!

今回の菊池投手の課題は球速を高めつつ落とすことである。そのため、球速とともに回転数が増加してもきちんと沈んでくれるよう「掛けて落とす」方法を採用したのであった。
この新チェンジアップを速球と重ねて同時に再生してみると、見事にピッチトンネルを構成していることがわかる(動画3)。

動画3

打者からすると、これまでの速球とスライダーだけでなく、新チェンジアップもピッチトンネルを構成するようになると球種の判断が非常に困難となる。
慣れないマウンドや気候の中でのチャレンジとなるが、150キロを超える速球、高速なスライダーに加え、そしてこの高速な新チェンジアップもマスターすることが出来たならば、メジャーリーグでも大きな活躍が期待できるに違いない。

計測後に対談(後日公開)する様子(左から菊池投手、ネクストベース神事、森本)

世界一へ向かう菊池雄星の"New Journey"

以前、菊池投手は「カーショウ(ドジャース)を目指す」と語ったことがあった。
たしかに左腕から繰り出される150キロの速球や高速なスライダーはサイ・ヤング賞3度の大投手を彷彿させる。

今回の内容は、菊池投手本人からも「球界の発展の為なら」と理解を得て公開している。菊池投手の意欲の高さや成長意欲もさることながら、未来の野球界のためにと、惜しみなく自らの技術やデータを披露する姿勢は心から敬服せざるを得ない。 また、それと同時に、繊細な感覚を持ちながらも客観的なデータも駆使し、高みを探求し続ける姿はメジャーリーガーにも劣らないと確信している。

メジャーリーグでも一流投手が新たな球種開発へ挑戦する作業をオフシーズンにおこなっており、そのようなピッチデザインが近い将来日本でも一般的になっていく日は遠くない。
カーショウ2世ではなく、「世界の」菊池雄星。このNew Journeyが第一歩となると信じるとともに、感覚と科学が融合した「ピッチデザイン」が野球界のスタンダードになると信じている。

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