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高校野球

【甲子園特集】動作分析から考える投球制限ルールと障害予防



目次
高校野球は投球制限でどう変わる?
投球制限で障害予防できる?
肘を痛める原因は何?
投球障害を抱える球児たちへ

高校野球は投球制限でどう変わる?

「Baseball Geeks×甲子園~高校球児の今と昔、そして未来~」の連載は第二弾。

今回は投球障害をテーマに取り上げ、特に肘の怪我について掘り下げていく。2020年春から、高校野球では投球制限のルールが追加された。2022年までの試用期間であることが発表されているが、このルールによって高校野球はどう変わるのだろうか。また、高校球児は何を考えるべきなのか。投球のバイオメカニクスを研究しているネクストベース主任研究員の神事努に聞いた。

参考:【甲子園特集】解説者・前田正治氏が語る!高校野球の今と昔(前編)

神事 努(じんじ つとむ)

博士(体育学)。ネクストベース・エグゼクティブフェロー。国学院大学人間開発学部健康体育学科准教授。野球における投球動作のバイオメカニクス的分析が専門。2016年まで東北楽天ゴールデンイーグルスの戦略室R&Dグループに所属し、チームの強化を推進。

投球制限で障害予防できる?

―2020年から始まった投球制限に関するルールは具体的にはどのようなものなのでしょうか?

神事:1人の投手が1週間で投球できる球数を500球に制限するルールです。登板中に500球に達した場合は打者との対戦が完了したら降板することになります。仮にこのルールを、2018年夏の第100回大会に当てはめると、準優勝した金足農業の吉田輝星投手は、2回戦から1週間以内に投じた球数は592球で、準決勝の途中で降板することになります。

1998年夏の横浜高校・松坂大輔投手、2006年夏の早稲田実業・斎藤佑樹投手も決勝戦の最後のマウンドには立てないという計算になります。しかし、今回の投球制限が適用されるケースは希です。吉田輝星投手以降、1週間に500以上投げた投手は甲子園ではいませんし、今年の地方大会でも制限が掛かったというケースはなく、多くのチームに制限があるルールではないでしょう。

―メジャーリーグ中継を見ていると、ほとんどの投手が100球前後で降板します。アメリカでも投球制限のルールはあるのでしょうか?

神事:2014年に「ピッチスマート」というガイドラインが、MLBとUSA Baseballによって発表されています。日本では、一定の期間に対する上限投球数というルールですが、アメリカでは1日当たりの最大投球数と、その投球数に合わせた休養期間が設けられています。17~18歳ですと、1日の最大投球数が105球で、もし105球投げた場合は4日間の休養が必要となります(https://www.mlb.com/pitch-smart/pitching-guidelines)。
これがそのまま日本で適用されたとしたら、投手1人で甲子園を勝ち進むことはできませんし、甲子園の試合スケジュールも大きく変更せざるを得ないでしょう。ピッチスマートと比較しても、日本の投球数の制限の範囲は狭いことがわかります。

投球中は手に15kg重の力が掛かる

―投球数を制限することで、なぜ障害が予防できるのでしょうか?

神事:投球障害というと肘や肩の怪我が挙げられますが、今回は肘にフォーカスしたいと思います。トミージョン手術という言葉を一度は聞いたことがあるかと思います。ダルビッシュ有投手や、大谷翔平投手が受けた手術です。これは肘の内側にある靭帯が切れてしまったために、体の他の部分から靭帯を移植する手術になります。この靭帯が切れる原因として、「投げすぎ」が挙げられます。

投球動作中に、この靭帯に大きな負荷が掛かるのは、一番胸を張ったとき(肩関節最大外旋位付近)になります。このとき、だいたい15kg重、硬式野球ボールに換算すると100個分の力が手に作用します。一瞬ではありますが、非常に大きな力が手に掛かって、肘の内側の靭帯が引っ張られます。これは腕相撲で大きな力を出したときに、グッと内側が伸ばされる、この感覚に近いのではないかなと思います。

このような大きな引き伸ばされる力が作用しても、1回の投球で靭帯が切れることはあまりありません。なぜならば、靭帯のまわりには筋肉が付いていて、靭帯が引き伸ばされるのを筋肉が守っているからです。でも、繰り返し投球していくと、肘のまわりの筋肉が疲れて、収縮する力が弱まっていきます。そうなると、筋肉が靭帯を守る力も弱まっていって、肘の靭帯への負荷が強まっていく。これが投球数増加による、肘の怪我が発生するメカニズムです。

―投球数を制限すれば、肘を痛めずに済むのでしょうか?

神事:そういうわけでもありません。MLBでは投球数を制限してはいますが、16%の投手がトミージョン手術を受けたという報告もあります。

肘を痛める原因は何?

ボール速度の高まりが肘ストレスを増大させる

―投球数を制限していても肘を痛めるということですね。投球数以外に肘を痛める原因となるものがあるのでしょうか?

神事:肘を痛めるかどうかの予測に大きく関わるのは、ボールの速度です。つまり、球が速い投手ほど肘を痛めやすいことがわかっています。瞬間的に大きな力が作用するという話を先ほどしましたが、ボール速度を高めるために、ボールに大きな力を与える必要があります。この力が大きくなると、肘の靭帯を引っ張る力も増えていきます。これがボール速度が高まることによる、肘ストレス増大のメカニズムになります。
ボールが速いほうが、空振りを奪えたり、ファールでカウントが奪いやすくなったりするなど、メリットが非常に大きい。でも、肘の障害のリスクは高まる。ジレンマを抱えているのが野球のピッチングではないでしょうか。

人それぞれ違う投球フォーム

―ボールが速い投手でも肘を痛めない人もいるかと思います。逆にボールが遅い投手でも手術をしたケースも思い浮かびます。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。

神事:投球数の問題もありますし、肘の構造にも個人差があります。一概に言えない部分もありますが、投球フォームの影響が大きいのではないかと思います。
ここで3人の投手のデータを紹介したいと思います。3人の投手には努力度を変えて30球投球してもらいました。努力度を変えたので、球速にバラツキが発生しています。投手Aさんは、平均的な投手です。球速が高まるに従って、肘に作用する力(トルク)が大きくなっていることがわかります。先ほどお話ししたように、球速を高めようとすると、力発揮が大きくなり、肘への負担が増えることを示しています。また、投手Aさんは135km/hを投球したときに80Nmという力(トルク)が肘に作用していることがわかります。
一方、投手Bさんは、どの球速でも肘の負荷が高いことがわかります。135km/hでは110Nmという力(トルク)が肘に作用しています。同じ球速であっても、肘への負担がBさんのほうが約1.4倍高いということになります。ちなみに、投手Bさんは、手術こそしていませんが、繰り返し肘を痛めている投手でした。
一方、投手Cさんのデータは非常に特殊です。球速が高まっても、肘のストレスは変わらない。肘を痛めた経験もなく、「何球投げても平気」というタイプの投手です。こんな投手もいるのか!と感心しました。

図 3人の投手による球速と肘の内反トルクの関係

投手AとBは球速が高まるに従って、肘の内反トルクも大きくなる。しかし、投手Bのほうが内反トルクは大きく、より肘に負担の掛かりやすいフォームになっている。投手Cは、球速が高まっても肘の内反トルクは大きくならない。肩関節や胸郭のダイナミックな柔軟性や、肘の内側に負荷の掛からない腕の振りによって、肘のストレスは軽減できるかもしれない。

―怪我をしやすいフォーム、しにくいフォームというがあるのですね。テクノロジーの進歩によって、投球動作の診断というアプローチも発展していきそうですね。

神事:そうですね。いわゆる動作解析がもっと普及していけば良いなと思います。投球数を制限することによって、投球障害を減らすことはできるかも知れませんが、完全にはなくなりません。なぜなら、投球障害を引き起こす原因が、投球フォームや柔軟性、関節の緩みなど多岐にわたり、そして複合的に絡み合うからです。ですから、医師や理学療法士、アスレティックトレーナーやストレングス&コンディショニングの指導者、そしてバイオメカニストが連携して、この問題に取り組まなければなりません。

投球障害を抱える球児たちへ

―投球障害を抱えている球児にアドバイスはありますでしょうか?

神事:「肘が痛いなぁ」と感じたら、まず、病院に行ってください。また、痛みが引いたからといって、これまでと同じことをしていたら、痛みは再発するでしょう。投球数に気を配ったり、トレーニングを追加してみたり、フォームを変えるなど、多方面から障害に向き合う必要があります。原因は一つじゃない。自分のからだに向き合う良い機会だと前向きに捉えて欲しいなと思います。

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神事 努(ネクストベース主任研究員)