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トレーニング他

スタートダッシュに効果的な走り方とは?足が速い選手の特徴を考察



目次
走塁、攻撃、守備のあらゆる場面で必要なスタートダッシュ
低い姿勢と前傾姿勢でのダッシュ
足が速い人は足の回転数が高いのか
「大きなキック力」を「できるだけ長い時間発揮する」
野球選手へのスタートダッシュトレーニングの提案

走塁、攻撃、守備のあらゆる場面で必要なスタートダッシュ

野球選手にとって速く走ることは重要なスキルの1つである。この速く走ることとは、「自身の発揮する最高速度が高いこと」であり、最高速度で走る単純な直線走の練習が疾走速度を高めるために必要である。
前回の記事「ベースランニングを速く走るために必要な能力とは?」では、これらの情報を基にして、練習では速く走る能力を高める取り組みと、野球専門の技術(ベースランニングのほか、種々の走能力)を高める取り組みの両方を組み合わせた練習によって、野球選手の走能力が向上するものと提案した。

スタートダッシュは姿勢が低い方がいい?

今回は、スタートダッシュについて解説する。スタートダッシュは「身体が静止した状態からスピードを高めていき、高い走速度に到達するまでの局面」である。野球においては走塁、攻撃、守備のあらゆる場面で見られ、重要な走能力であろう。
このスタートダッシュの能力はどのようにして高めることができるだろうか?本稿では、スタートダッシュの現場指導の実際を取り上げながら、技術を解説し練習方法を提案したい。

低い姿勢と前傾姿勢でのダッシュ

指導の現場でダッシュは「低い姿勢で走る」ことや、「頭を下げた前傾姿勢で走る」ことに取り組む様子をよく見聞きする。選手や指導者は、低い姿勢でのダッシュは風の抵抗(空気抵抗)を少なくすることができたり、前傾姿勢をとることで加速力が高まったりすると考えているのかもしれない。

低い姿勢でのスタートダッシュの練習はいらない?!

まず、空気抵抗について考えてみよう。1歩ごとに地面をキックして前進する私たちの身体は、身体の下向きにはたらく重力と、進行方向と平行にはたらく空気抵抗の力をそれぞれ受ける。そのうち空気抵抗は、物体の形や空気の密度などにより異なるが、おおよそ、速度の二乗に比例して大きくなる。

つまり、身体は走るスピードが速ければ速いほど大きな空気抵抗を受ける。しかし、スタートダッシュ中の走スピードは最高速度で走っている時(世界一流選手の最高走速度は時速43kmを超える)よりも著しく低いため、身体が受ける空気抵抗は小さい。したがって、空気抵抗を小さくする事を目的とした低い姿勢でのスタートダッシュの練習は特に取り組まなくて良いこととなる。

頭を下げるだけのスタートダッシュの練習は不要?!

次に、頭を下げた前傾姿勢について考えてみよう。100mを走る短距離選手を見ると、彼らはスタート直後には前傾姿勢をとるが、レース中盤では身体を起こして走る。スタートダッシュでの前傾姿勢の目的は何だろうか。それは、モーターバイクや自動車の運転で急発進する時の様子をイメージすると理解できる。
急発進をする際、私たちの身体は大きく後ろにひっくり返らないようにやや大きい前傾姿勢をとり、バランスを取るはずである。もし、緩やかな発進ならばそれほど大きく前傾することはないだろう。

この時、発進の勢い(=加速度;ある時間に速度がどれくらい変わったか)が大きければ大きいほど身体を深く倒すが、加速度が大きくない時や、スピードがほぼ一定の時には、わざわざ前傾姿勢を取る必要がない。短距離走のスタートダッシュでは、前方への大きな加速力が生じ、それに対してバランスを取りながら加速するために最適な前傾姿勢をとるのである。
したがって、無理やり深い前傾姿勢をとったり、前傾姿勢のまま走り続けたり、単に頭を下げるだけのスタートダッシュの練習は不要だろう。

足が速い人は足の回転数が高いのか

それでは、ダッシュでは何をどのように取り組めばいいのだろうか?その手がかりとして、陸上競技の短距離走の研究データを参考にしたい。
世界選手権の男子100mの出場選手を対象に、スタート後の歩数に伴う動作の変化を調べた(伊藤と貴嶋、2006)。図1から図4にその結果を示すが、それぞれのグラフの横軸はスタートからの歩数であり、右端は中間疾走を示す。縦軸は各分析結果で、記録の良い選手(図中上位群)とそうでない選手(図中下位群)を色分けしている。

1、疾走速度

スタート1歩目以降、歩数とともに疾走速度は増加する。記録の良い選手(図中黒色)のスタートダッシュの速度は高い(図1)。

図1 疾走速度の変化 

※図1~図4は「スタートダッシュから中間疾走までの着地位置の変化―特に歩隔に着目して―」伊藤と貴嶋(2006)より引用

2、ストライド

スタート1歩目から、歩数とともにストライドは増加する。記録の良い選手ほどストライドが大きい(図2)。

図2 ストライドの変化

3、ピッチ

スタートダッシュと中間疾走とでは大きな変化はみられない。記録の良い選手のピッチはそうでない選手よりもやや低い

図3 ピッチの変化

4、歩隔

歩隔とは、連続する接地足のつま先の左右間隔のことを差す。歩隔は、スタート直後は大きく、歩数とともに徐々に小さくなる

図4 歩隔の変化

つまり、スタートダッシュの速い選手はストライドが大きい上に、1歩ごとにさらに大きくしながら走っているのである。
意外に思われるかもしれないが、ピッチにほとんど変化は見られず、いわゆる“足の回転数”を上げてはいない。ただし、1歩ごとにストライドが大きくなる中で、変わらず同じようなピッチを発揮している。

「大きなキック力」を「できるだけ長い時間発揮する」

スタートダッシュでは大きな加速力を発揮するために、1歩ごとのキック(地面を蹴る、または押すこと)によって加速方向の大きな力積(=「力」×「力の作用時間」)を地面から得なければならない。
大きな力積を得るためには「大きなキック力」を「できるだけ長い時間発揮する」必要があるが、もしピッチを意図的に早くするならばキック時間は短くなると考えられる。

ピッチを早くする練習よりもキックする練習を

スタートダッシュではピッチを早くする(足の回転数を早くする)指導がしばしばみられるが、指導者が選手にピッチを高めるように指示すれば、その場では選手はストライドを短くすることによってピッチを高めざるを得ない。ピッチを高めようとすると、キックできる時間をみすみす逃してしまうことになる。
そのような取り組みでは、「その場かけ足」をするようになり、前進しにくいだろう。したがって、スタートダッシュではピッチを早くするのではなく、長い時間をかけて身体後方へキックする、「押すようなキック」をするのが良いかもしれない。

キック力を高めるためのポイント

また、この研究では歩隔を調べているのが特徴である。スタートダッシュの1歩目と2歩目の歩隔が最も大きく平均約40cmで、その後歩数が進むにつれて減少し、中間疾走では平均約17cmになった。この結果は、スタートのはじめに大きな歩隔をとることは、どのレベルの選手にとっても大きな加速力を得るのために重要な意味があることを示唆している。

歩隔をとることは、足を外側に踏み出してスタートすることになり、一見損をするように思える。しかし、歩隔を取ることによって斜め外側の後方へキック力を発揮すること(股関節の伸展動作+外転動作)になるが、歩隔を狭めて真っすぐ接地してキックする場合(股関節の伸展動作のみ)と比べると、キック力の発揮に、股関節の伸展筋群(大殿筋やハムストリングス)だけでなく、外転に働く筋(中殿筋)も加わることができる。そのため、より大きな加速力が発揮できると考えられる。

野球選手へのスタートダッシュトレーニングの提案

今回は、スタートダッシュにフォーカスし、陸上競技の短距離走の研究成果を紹介した。それを参考にすると、以下のような練習が提案できる。

1、スタートダッシュの練習は全力(本気)で行う。世界一流選手はスタート1歩目から手加減していない。
2、スタートダッシュでは、大きなストライドで走る。
3、大きなストライドを獲得しながら、高いピッチも発揮する。それは、脚を地面に着く(いわゆる「脚の回転数」のようなもの)回数をいたずらに増やす取り組みではない。
4、スタートダッシュでは、一直線上に足を着くよりも少し横に着きながら走る。
5、単純な直線走のダッシュで高めた能力を、盗塁(攻撃)や守備のための技術練習で応用する。

野球で使われるダッシュは、20~30m程度の距離であり、その距離でのダッシュ練習が多いと思う。しかし、ダッシュ中の速度は最高疾走速度よりも低い事に注意し、最高速度を高める練習と、ダッシュの練習の組み合わせた練習(1日にどちらの練習もするという意味ではない)の取り組みが、野球選手の走能力を高めることにつながると考える。

<参考・引用文献>
・伊藤章、貴嶋孝太(2006)スタートダッシュから中間疾走までの着地位置の変化―特に歩隔に着目して―。陸上競技研究紀要、2:1-4。
・伊藤章、貴嶋孝太(2007)2007年世界陸上大阪大会の100mおよび200mレースの見どころ。陸上競技学会誌Supplement、6:2-5。

貴嶋 孝太(きじま こうた)

1981年、鹿児島県出身。大阪体育大学体育学部准教授。同大学陸上競技部コーチ(短距離,ハードル)。
日本陸上競技連盟強化委員会110mハードル担当。科学委員会委員。関西学生陸上競技連盟強化委員会ヘッドコーチ補佐。前職は国立スポーツ科学センタースポーツ科学研究部研究員。
短距離走やハードル走を中心に、速く走るためのメカニズムやトレーニング法について研究をしている。

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貴嶋 孝太(大阪体育大学)