打撃理論

ボールは最後まで見れない!打撃におけるインパクトまでのメカニズム

打席において目を閉じたままボールを打つことは出来ない。そのため、「ボールを見る」ことは打者にとって必要不可欠な行為といえる。打撃指導では、「ボールをよく見ろ」、「ボールから目を離すな」という言葉をよく耳にするように、打撃パフォーマンスを高めるには視覚情報を活用することが重要視されている。

しかし、あるプロ野球選手はホームランを打った際のインタビューにおいて「目をつぶって打ったらホームランになった」と話していたことがあった。この話を聞くと、視覚情報は大して重要ではないように感じられる。実際に打者はどのようにボールを見ているのだろうか?
参考:ボールを押し込むと強い打球が打てるって本当?

今回は打者の眼球運動について解説し、打撃動作の知覚・認知スキルについて考えてみたい。

目次:ボールをよく見るとは?
ボールを最後まで見ることは不可能
リリースを「見る」軌道を「予測する」
軌道を予測する能力を向上させる

打者がボールを見るメカニズムとは?

人が物体を認知する際、中心視と周辺視の2つの機能を使い分けていると考えられている(図1)。
中心視は眼球の中心(以下、中心窩(ちゅうしんか))で物体を見る機能である。対象とする物体を中心窩でとらえるほど、その物体を鮮明に(高い解像度で)認知することができ、中心から外れるほど物体の形や色が識別しにくくなる。
一方、周辺視は中心窩から外れた視覚のことで、中心視に比べて物体を鮮明に認知することができなくなる反面、物体の動きや明暗に対する感度が高くなると言われている。

図1 人の視野範囲のイメージ。中心から外れるほど物体の形や色が識別しにくくなる

これらの機能を状況に応じて切り替えながら情報を収集しているが、高速で移動するボールを見るためには、ボールの動きと同様の速度で眼球や頭部を動かす必要がある。打者はこのときボール軌道をどのように見ているのだろうか?

眼でボールを追うことの限界

打者の頭部と眼球の運動について調査した研究では、打者はボールリリースから頭部を固定し眼球を動かしてボールを追跡するが、ホームベースの2.4~4.6m手前で眼球運動が停止することが報告されている(Hubbard & Seng, 1954)。この結果は、ボール軌道全体の約20%、すなわちインパクト直前から打者はボールが見えていないということを示している。

これには、眼球を動かすことのできる身体的な限界が関係している。対象物を中心窩で滑らかに追跡できる眼球運動(滑動性追従による眼球運動)の回転速度(角速度)は最大でも100°/秒程度である。
しかしながら、打撃においてボールを追跡するために必要な角速度は、ボールがホームベースに近づくほど大きくなり、打者の手元では500°/秒以上に達する(Watts & Bahill, 1990)。そのため、打者はインパクトの瞬間にボールを見たくても見られない(図2)。

図2 ボールを追跡するために必要な眼球運動の角速度(ボール軌道の3分の1ごとの平均値)。 ボールがホームベース近づくほど眼球を動かす角度が増加するため、より速い眼球運動が必要となる。

とはいえ、プロ選手と学生選手の眼球運動を比較すると、両グループとも最終的にボールを見失っているもののプロ選手の方がより手元までボールを追跡できていることが明らかにされている。
しかし、クリケット打者においてコンタクトレンズで視界をぼやかしても打撃パフォーマンスに影響を及ぼさないという結果(Mann et al., 2007)も報告されており、実際のところボールを追跡できる距離はさほど関係がないように見受けられる。

”見る”のではなく”予測する”

ここまで説明したように滑動性追従による眼球運動を用いてボールを手元まで追跡し続けることは身体的な限界として不可能であるが、別の方法を用いることでボールをより手元で見ることが可能になる。
それは、「サッカード」と呼ばれる眼球運動であり、ボールのコースを予測して視線を先回りさせる(一旦ボールから眼を離す)という方法である。

具体的には、初速140km/hで投じられるボール(リリースからホームベースに到達するまでの時間が約0.45秒)を例にすると、ボール軌道の初期(リリースから0.15秒後まで)は滑動性追従によりボールを中心窩でとらえ、中盤(0.15~0.3秒後)では終盤(0.3~0.45秒後)にボールが到達すると予測される位置に視線を移動・待機させておき、終盤において再び中心窩でとらえるという方法である(図3)。

図3 打者が利用するボールの視覚追跡方法(中本、2011)

サッカードが行われている間は視覚情報が抑止されてしまうが、通常の眼球運動よりも高速に眼球を移動させることができる。これにより、滑動性追従のみを用いる追跡方法よりもボールを手元まで見ることが可能になるが、中心窩でボールを追跡することはできないため周辺視によってボールを知覚していることになるだろう。
周辺視は物体の動きに対して高い感度をもっているため、滑動性追従にサッカードを組み合わせることによってタイミングの正確性を高められる可能性がある。

打者がこの方略をどの状況において使い分けているかはまだ明らかにされていないが、ボール軌道の予測が難しい状況(見慣れない変化球)では、サッカードを用いることが有効ではないかと推察されている(中本,2011)。

VR技術を用いた打撃練習で予測する能力UP?!

実際、手元までボールが見えていなくもボールを打つことができているのは、ボール軌道の初期の部分を見るだけで到達する位置やタイミングを予測できているからである。
視線を遮蔽できるサングラスを用いた研究によると、投球されてから0.15秒後とホームベースに到達する0.15秒前の2条件で視線を遮蔽した打撃では、バットの芯に対するボールの衝突位置は通常の打撃と変わらなかったことが報告されている(Higuchi et al., 2016)。

つまり、ボール軌道の初期の部分が見えていれば、残りの軌道は打者の脳内で補間され、到達位置を予測できるということだ。
ただし、タイミング一致課題(ある地点から移動するターゲットがゴールに到達するタイミングを一致させる課題)において、熟練者と初心者を比較した実験(中本,2011)では、初心者は熟練者よりもタイミング誤差が大きいことが示されている。

また、移動中のターゲットを途中で遮蔽した場合にターゲットがどこまで見えていたかを申告する課題では、熟練者の方がその距離が長かったという。このことから、過去に多くのボール軌道を見てきた経験が本来見えないはずの錯覚を生み出し、正確な予測を可能にしていると考えられる。

知覚・認知トレーニングも不可欠

ボールを正確にインパクトするためには、眼球運動の角速度に限界があることから、ボール軌道を予測する能力(予測スキル)を向上させることが必要になる。

近年、打者の知覚・認知スキルに関する研究が進んできており、様々な知覚トレーニングの効果なども検証され始めている。VR技術を用いた打撃もその一つである。今では対戦したことのない投手のボール軌道を試合前に確認しておくこともできる。実際に打たなくても、このボールならこの辺りに到達するとか、このフォームならこの球種がくるといった予測に役立つ。打撃パフォーマンスを向上させるにあたってフォームの改善に取り組む選手が多いように見える。

仮に本人にとって完璧なフォームでスイングできたとしても、ボールに当たらなければ意味がない。今後の練習・トレーニングにおいて知覚・認知的な部分に負荷がかかるもの、例えばピッチングマシンを使って普段よりも球速や回転数の速いボールを見ることや、投手との距離を縮めた打撃などを実施することで、打撃パフォーマンスの向上が期待できるかもしれない。

森下 義隆(もりした よしたか)

国立スポーツ科学センタースポーツ研究部研究員。日本女子ソフトボール代表チームの医・科学サポートを担当。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科にて博士号(スポーツ科学)を取得。バイオメカニクスが専門であり、打撃動作のメカニズムやパフォーマンス評価が主な研究テーマ。

引用:
・ Higuchi, T., Nagami, T., Nakata, H., Watanabe, M., Isaka, T., Kanosue, K. (2016): Contribution of visual information about ball trajectory to baseball hitting accuracy, Plos One, 11(2), e0148498.
・ Hubbard, A.W., Seng, C.N. (1954): Visual movements of batters, Research Quarterly, 25(1), 42-57.
・ Mann, D.L., Ho, N.Y., De Souza, N.J., Watson, D.R., Taylor S.J. (2007): Is optimal vision required for the successful execution of an interceptive task? Human Movement Science, 26, 343-356.
・ 中本浩揮 (2011): スポーツ選手が心で「みる」世界―打球運動の場合―, トレーニング科学, 23(2), 113-120.
・ 日本スポーツ心理学会 (編) (2004): 最新スポーツ心理学―その軌跡と展望, 大修館書店, 東京.
・ Spering, M., Gegenfurtner, K.R.(2008): Contextual effects on motion perception and smooth pursuit eye movements, Brain Research, 1225(15), 76-85.
・ Watts R.G., Bahill A.T., (1990): Keep your eye on the ball: the science and folklore of baseball, W. H. Freeman and Company, New York.