ボールを押し込むと強い打球が打てるって本当?

これまでBaseball Geeksでは、トラッキングデータや様々なスポーツ科学の知見をもとに打撃を「科学」してきた。
今回は打撃動作のメカニズムに関する研究を専門とする森下義隆氏に「ボールを押し込む」という野球用語について科学的に解説してもらう。

ボールを押し込むと打球速度は上がるのか?
打球の質を決定する要因とは
ボールを押し込むことは不可能?
指導言語がもつ意味とは?

打球の質を決定する要因とは

まず、打者が打撃するときボールとバットの衝突は力学の原理に則った現象が生じる。力学的にみると、打球の質(速度・回転・角度)は主に以下の4つの要因によって決定するとされている。

① 投球されたボールの速度・回転
② バットの重さ・材質
③ インパクト直前のバットのスイング速度・軌道
④ バットに対するボールのインパクト位置

実際には、このうち③と④が大きなウエイトを占めているということが打撃実験やシミュレーション分析から明らかにされている。しかし、指導現場では「インパクトの瞬間に力を入れろ!」や「ボールを押し込め!」と教わってきた人も多いのではないだろうか。なぜなら、それによって強い打球(速度が大きい打球)を打つことができると考えられてきたからだ。そこで、本稿ではバットを強くグリップすることやボールを押し込むことの影響や、その意味について考えていく。

まずは、2012年に元レッズのフレイジャーが放ったホームランを見てほしい。

動画 フレイジャーのホームラン。「押し込む」ことは不可能な状態での本塁打はどう考えるべきなのだろうか

一見普通にホームランを打ったように見えるが、スローモーションで再生してみると興味深い打ち方をしていることが分かる。
驚くことに、インパクトの瞬間バットをほとんど握っていないにもかかわらず、打球はレフトスタンドまで飛んでいたのである。インパクトにおいてバットを強くグリップすることやボールを押し込むことが打球速度に影響を及ぼしているのであれば、このホームランが生じた理由はどう説明すれば良いのだろうか?

ボールを押し込むことは不可能?

物理学者のNathan(2000年)の研究によると、ボールインパクトによって生じたバットの振動がグリップ部分に伝わるのは、バットがボールに加えた力(力積)の99%が伝達した後(およそ0.0006秒後)になる。これは「バットにボールが当たった!」と打者が認識した瞬間には、バットに接触したボールはすでにバットから離れようとしていることを示している(図)。
※力積:力と時間を掛け合わせた物理量。他の物体にどれだけ勢いを与えられるかを表す。

図 インパクトの振動が両手に伝わるとき、バットとボールはもう離れようとしている

つまり、捕手側の肘を伸ばすような動作等でバットを介してボールに力を加えるということは実質的に不可能ということになる。
フレイジャーのホームランは、インパクトにおけるグリップや押し込みの強さが打球に影響を及ぼさないということを証明したものといえるだろう。

なぜ感覚がずれるのか?

ではなぜ打球速度に影響しないにも関わらずインパクトにおいてグリップを強くすることやボールを押し込めという感覚になってしまうのだろうか?
その理由の一つとして、強い打球が打てたときはバットの芯でボールを捉えているため、両手に加わるバットの振動が小さくなり、インパクト後のフォロースルーがスムーズになることが挙げられる。このとき、振り抜いた後の両手に残る感覚の良さが「ボールを押し込めた」という感覚に変換されている可能性がある
つまり、「押し込めた」から打球が強くなったのではなく、強い打球を放ったときに「押し込めた」ような感覚になっているにすぎない。「押し込む」ように打ったとしても打球速度が大きくなるわけではない、ということに注意する必要がある。

客観的な事実を知ることの重要性

野球の技術には選手やコーチの感覚と客観的な事実がずれているものが他にもたくさんある。
動きを習得していくためには、感覚を研ぎ澄ましていくことが重要になるだろう。しかし、感覚は、体力レベル、年齢、環境によって個人差があり比較することが難しい。また、日々変化するものでもある。

選手が感覚だけに頼ってしまうと、壁にぶつかったときそれを解決する手段は過去の自分の感覚しかない。そのため、新しい技術を習得したり、スランプから脱出したりすることが難しくなるかもしれない。客観的な事実を理解し、様々なアプローチを考えることができれば、パフォーマンス向上への近道になるのではないだろうか。
参考:【打撃特集1】上から叩くな!新しいスイング理論

森下 義隆(もりした よしたか)

国立スポーツ科学センタースポーツ研究部研究員。日本女子ソフトボール代表チームの医・科学サポートを担当。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科にて博士号(スポーツ科学)を取得。バイオメカニクスが専門であり、打撃動作のメカニズムやパフォーマンス評価が主な研究テーマ。

引用:
Nathan, A. (2000): Dynamics of the baseball–bat collision, American Journal of Physics, 68(11), 979-990

Baseball Geeks編集部

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